リトル・トリーの「事実」とフォレスト・カーターについて知ったいくつかのこと

ふと懐かしい思いと共に昔読んだ本を振り返るつもりだったのに、とんでもないことになった。
調べるうちに話は飛び、アメリカ南部の暗い歴史にまで触れることになった。


●アサ・アール・カーター - Wikipedia
概要だけならこちらで足りる。「フォレスト・カーター」とはペンネームであり、彼の本名が「アサ・カーター(Asa Carter / Ace Carter)」だ。
日本語Wikipediaではアサと表記されているが、Aceという愛称とaはエイとも読むことから「エイサ・カーサー」と呼称された可能性もあるかもしれない。

以下は28,000文字を超える長いエントリー。『リトル・トリー』の著者について調べた経緯など。
自分の考えをまとめるためにあえて体裁を整えずに残した部分もある。各資料へのリンク集としても使っている。


■リトル・トリーの「事実」

●黒人リンチの歴史を闇に葬らないための活動団体Equal Justice InitiativeにGoogle.orgが賛助金を提供 | TechCrunch Japan
先日このニュースを目にした。そしてふと、人種差別に苦しんでいるのは黒人だけではないのだと思考が飛んだ。
インディアン、ネイティブ・アメリカン、ファースト・ネーションなどと呼ばれる人達もそうした逆風に苦しんでいるとされる。



アメリカ先住民と聞いて思い出すのはこの『リトル・トリー』だ。
著者紹介によれば、著者のフォレスト・カーターはチェロキー・インディアンの血を引いており、祖父と過ごした少年時代の回想を膨らませてリトル・トリーを書いたそうだ。

この本を何度も読み返し、インディアンの暮らしを想像し、幾度となく遠い地のチェロキー族の地に思いを馳せたものだった。

しかし、思いつきで「当時の時代背景など調べてみようか」と検索してみると、とんでもないことを知った。


フォレスト・カーターとは「アサ・アール・カーター」の筆名であり、アサ・カーターは白人至上主義の差別主義者で、KKKの支部を組織した人物だった。
また、フォレストを名乗る前は「Segregation today, segregation tomorrow, segregation forever(今すぐ人種隔離を!明日も隔離を!永遠に隔離を!)」のスローガンで知られるジョージ・ウォレスのスピーチライターとして働いていたのだという。

●アサ・アール・カーター - Wikipedia
●Asa Earl Carter - Wikipedia
日本語版Wikipediaは英語版Wikipediaの「Asa Earl Carter」の項目を下敷きとしてあるようで、英語版WikipediaはThe New York Times1976年8月26日付の記事を参考文献としてある。
大筋に間違いはないようなので、概要を知るだけなら上記を参照するだけで足りる。

以下ではその事実を示す資料やエントリーを追った経緯を時系列で残す。
筆者の英語力は翻訳サイトを使いながら読むレベルであり、アメリカの文化や歴史、風習についても詳しくない。そのため以下の情報についても正確性は保証しない。


●Asa Earl Carter - Wikipedia
●アサ・アール・カーター - Wikipedia
日本版Wikipediaは固有名詞の省略などがあるものの、英語版Wikipediaのほぼ丸写し。英語版Wikipediaはアメリカの新聞紙 The New York Times の記事を参考文献としている。

The New York Timesは過去の記事をインターネットアーカイブとして公開しており、それが1976年8月26日に報道されたという事実を示している。これは現在でも以下リンク先で確認できる。

●Is Forrest Carter Really Asa Carter? Only Josey Wales May Know for Sure - The New York Times
「フォレスト・カーターは本当にアサ・カーターなのか?ジョージ・ウェールズだけはそれを知っているかもしれない」というタイトルの記事。

※ジョージ・ウェールズ:フォレスト・カーター著1975年の小説『The Rebel Outlaw: Josey Wales』の主人公のこと。クリント・イーストウッド監督・主演により『The Outlaw Josey Wales 1976年』(邦題:アウトロー)のタイトルで映画化された。

こちらによれば、リトル・トリーの著者フォレスト・カーターとは「アサ・アール・カーター(Asa Earl Carter)」の筆名である。カーターはKKKの分派を組織するほどの人種差別主義者だった。
この事実はリトル・トリーの出版と同じ年である1976年にニューヨーク・タイムズにより暴露された。

カーターは人種隔離政策主義者の仲間と共にスピーチや暴動を繰り返し、KKKの分派を組織。
政治へも関心を寄せており、州副知事に立候補して落選したり、大統領の候補者となったジョージ・ウォレスのスピーチライターとして人種隔離を訴えるスローガンに関わったとされている。


調べれば調べるほど、カーターの人生は虚飾と虚構で塗り固められていて、信頼に値する人物ではなかったのではないか、との思いがふくらんできた。


■上記事実を知った筆者の心境

ちょっと今、愕然として何も手に付かないんですけど。

リトル・トリーの小さな勇気やウィロー・ジョーンとの絆、おじいちゃんとおばあちゃんとの素朴な恵みに満ちた暮らし。リトル・レッドとブルー・ボーイとの旅立ち。別れ。
これらがすべて、人種差別主義者によって書かれたただの作り物だったのか。ショックすぎて笑ってしまう。

そりゃ、創作物なんだからいくらか体裁は整えられているというのはわかる。しかし秘密結社や政治家のスピーチライターとして大衆の心を扇動する仕事をしていた人の書いたものとなるとなあ。

いやあ、マジかーという気分。
ブログ書いててよかった。今の気分をパッケージしておこう。こんな落胆はそうそう味わえない。あーあ。


自分のなかで緊急討論が行われているので、ざっと書き写しておく。

●昔の偉大な作曲家やら作家にも人間性に問題がある人は多いと聞くし。
いやそれとこれとは違う。

●作り物の話でも、自分がそれに感動を覚えたという感情に嘘はないでしょう?それは事実でしょう?
初めからエンターテイメントを謳って書かれたものと、生い立ちから何から経歴を脚色して読者を騙すのは違う。ましてやマイノリティーへの偏見や迫害にも触れた作品なのに、自分自身が人種差別主義者であることを隠してそれを書くなんて言語道断。

●親戚の子が物語が読めるようになってきたからプレゼントしようと思ってたのにどうしよう。
それはまあ…うん。贈り物にする前に知れてよかったよね。そう考えるしかないね。


●政治に関わる者として、人の心をつかむ筋書きが書けるかどうかは重要な要素だったに違いない。カーターは、ライターとして人を惹きつけるための文章を書き続けた。少なくとも自分の仕事をまっとうしたとは言えるかもしれない。
そうかもね。共に人種隔離を訴えながらのちに反発したジョージ・ウォレスへのあてつけもあったのかもね。


■出版社「めるくまーる」の見解

自分のなかの考えが煮詰まってきたので、他者の考えに触れることにした。
以下のリンク先管理人氏は『リトル・トリー』の出版社である「めるくまーる」に直接問い合わせをしたとのこと。

●フォレスト・カーター リトル・トリー [問題点発覚の巻] | ポップ魂
●フォレスト・カーター リトル・トリー [真実究明の旅の巻] | ポップ魂
筆者と同じく、後年にリトル・トリーにまつわる「忌まわしい経歴」を知って激しく動揺するリンク先管理人のもりを氏。


●フォレスト・カーター リトル・トリー [出版元の逆襲の巻] | ポップ魂
このエントリーでは、出版社の「めるくまーる」へ真実を問い合わせた様子とそれへの返答が載せられていて興味深い。行動力のある管理人もりを氏に感謝。


●フォレスト・カーター リトル・トリー [もりをの復讐の巻1] | ポップ魂
●フォレスト・カーター リトル・トリー [もりをの復讐の巻2] | ポップ魂
「管理人もりを氏の主観」であることを断りつつ、「めるくまーる」の返答の妥当性について考察されている。


●フォレスト・カーター リトル・トリー [問題点2が始まるよの巻] | ポップ魂
作家の経歴により著作物の価値は左右されるべきなのか、についての「めるくまーる」の主張と、それへの考察。
「めるくまーる」の主張を一部抜粋する。

■アサ・カーターがKKKのメンバーであったかどうかは
不明のままだ。
しかし、作家の過去にどんな新事実が発見され、
作家に対する評価がどんなに変わろうとも、
作品はけっして変化しない。
そして、それを読んだ読者の感動を
なかったことには出来ない。
作品は作品として独立した存在であり、
その価値は作家の属性によって影響を受けるものではない。

■ニューメキシコ大学出版局もほぼ同様の見解を示し、
重版からは新たに明らかとなった事実を加えて
「著者紹介文」を修正した。
それにともない、日本版『リトル・トリー』においても
「訳者あとがき」の前にニューメキシコ大学出版局版の
「著者紹介文」を付け加えた。


筆者の手元にあるのは『普及版 リトル・トリー』の2001年11月20日発行の初版第一刷。出版後にこうした事情が広まったために「普及版」として刷り直したのか、などと勘ぐってしまう。
ページをめくってみると、なるほど「ニューメキシコ大学出版局」署名による「フォレスト・カーターと『リトル・トリー』」という小文がある。

これまでは特に気に留めるようなこともない著者紹介だと読み飛ばしていたが、事情を知ってから読み返すと味わい深い。
『『リトル・トリー』の物語は必ずしも彼自身の体験した事実にもとづいてはいないが』とか、作品の発想は知人の話や図書館の資料から得たことなどがさらっと書いてある。

他、巻末の著者紹介や訳者のあとがきにも、よく見れば脚色や創作であることを匂わせる記述がある。


●フォレスト・カーター リトル・トリー [必殺反駁攻撃の巻] | ポップ魂
上記の「めるくまーる」の主張に対しての反駁。
「カーターには白人至上主義者という背景がありながらマイノリティ視点に立つ自伝小説として描かれているのは、著者と作品の主義主張が真逆である」、との指摘。
これは筆者も大きく疑問に思ったところだった。

続けて「チェロキー族として暮らした事実はなく、文化や体験も一次的なものではない以上、実体験と誤解させるような書き方はアメリカ先住民への誤解と偏見の要因となりうる」という批判。
この指摘はもっともで、出版社側が「物語としての価値があるから」ということで押し通したいのなら、その背景については明快にして困ることはないのだし、わざわざ煙に巻くような書き方をしなくてもよさそうに思える。


●フォレスト・カーター リトル・トリー [総まとめの巻] | ポップ魂
「あいまいで不明な点があり過ぎる」として出版社の姿勢への批判で〆てある。


■カーターの経歴に対する研究者の見解

●http://www.hico.jp/sakuhinn/9ra/ritoru.htm
上記は児童文学の書評を集めたサイト。こちらのページでは、法政大学教授の金原瑞人氏による寄稿を引いてある。
金原氏は翻訳家、児童文学研究家として幅広い作品に関わっている。芥川賞作家の金原ひとみの実父。

こちらを見る限り、朝日新聞1992年1月12日付への寄稿では概ね好評価であり、チェロキー・インディアンとしての暮らしにも疑問を抱く様子はない。

七六年に出版されてからまもなく絶版となり、八六年に復刊。


この部分は、著者の背景を知ってから読むと味わい深い。
1976年のニューヨーク・タイムズによるカーターの正体のスクープ記事があり、1985年に権利が現在のニューメキシコ大学出版局に移り、1986年はカーター原作映画の続編である「The Return of Josey Wales」が公開された年だ。

金原氏の毎日新聞1999年4月7日付への『「インディアン」の虚像と実像』と題した寄稿では、批判的な指摘がなされているとのこと。
以下のサイトにその要約が見られる。

●元英語教師もの申す
こちらの須賀廣氏のサイトの下部、『「リトル・トリー」の作者の謎』という文章で指摘されている(だいぶスクロールするのでページ内検索推奨)。

こちらによれば、カーターは「The Southerner」という白人至上主義の雑誌を編集し、執筆もしていた。リトル・トリーを出版した時期にもそれは継続されていたので、彼が改心した元人種差別主義者という説は否定される、という指摘。


これらカーターの人物像については『 『The Education of Little Tree and Forrest Carter』でオクラホマ大学のAmy Kallio Bollman氏』の論文に詳しいとのことだが、そのリンクは現在無効になっている。
http://www.nativeweb.org/pages/legal/carter.html

しかしWayback Machineの魚拓に残っていたので拾い上げることができた。

●Forrest Carter & Little Tree
2007年頃まで遡るとページが存在していたようだ。少し長くなるが引用する。

That Carter wrote white supremacist literature primarily as a way of making a living is unlikely. Those who wish to make this claim should read his writing in The Southerner, a white-supremacist publication which he edited, wrote many articles for, and published first under the aegis of the White Citizens Council and later on his own. The later publications were distributed during the same time period--early 1970s--that the Josey Wales books were published and The Education of Little Tree was (presumably) being written. Copies of the first volume of The Southerner, published in the 1950s, is available on microfilm from the New York Public Library and in the Birmingham Public Library's archives on Asa Earl Carter.


以下は筆者の意訳。筆者の翻訳能力はだいぶ怪しいことを断っておく。

「――カーターは他に生計を立てる手段がなかったので仕方なく白人至上主義者ための文章を書いた。
この説を望む人は、白人市民評議会の後援を得て彼が執筆編集した白人至上主義のための文書“The Southerner”を読むべきだ。その出版物は、のちにジョージ・ウェールズの書籍(※意訳者注)が出版され、リトル・トリーが執筆されていたのと(おそらく)同じ時期 --1970年代初期-- に配布されていた。
1950年代に出版された“The Southerner”のコピーは、ニューヨーク公共図書館とバーミンガム公共図書館のアサ・アール・カーターのアーカイブでマイクロフィルムとして見ることができる。」

※ジョージ・ウェールズの書籍:1975年の小説『The Rebel Outlaw: Josey Wales』のこと。クリント・イーストウッド監督・主演により『The Outlaw Josey Wales 1976年』(邦題:アウトロー)のタイトルで映画化された。

「 (presumably :おそらく)」という単語がはっきり入っており、推論であることが示唆されている。公平を期すために、先の引用ではこの言葉が無視されていた事実は指摘しておきたい。


■日本のサイトにおける批判

日本の個人ブログでの批判を見てみる。


●フォレスト・カーターよ、あなたはリトル・トリーなのですか?: Native Heart
2006年1月のエントリー。
『リトル・トリー』をめぐる経緯やカーターの経歴について触れたもの。

オクラホマ大学のエイミー・カリオ・ボールマンという博士号を持つ人がウェブ(リトル・トリーの教育とフォレスト・カーター??わかっていることと調べればわかること)に書いているように


上記でWayback Machineを使って魚拓を引いた、オクラホマ大学のAmy Kallio Bollman氏による『The Education of Little Tree and Forrest Carter - What Is Known? What Is Knowable?』のこと。

http://www.nativeweb.org/pages/legal/carter.html
オリジナルページは消えているので、Wayback Machineインターネット・アーカイブから拾い上げた魚拓を以下に置いておく。

●Forrest Carter & Little Tree
2007年頃まではページが存在していたようだ。


●あるチェロキーの知識人にとってのリトル・トリー: Native Heart
2006年1月付。上記エントリーの続き。
チェロキー・ネーション出身で博士号を持つリチャード・L・アレン(Richard L. Allen)の公演の要約。2005年のこの公演について触れられたサイトは他に見当たらず、英語で検索してもそれは同じ。貴重な証言と取るか信頼性に疑問を持つかは閲覧者に任せるが、一応引いておく。

2005年2月10日アメリカ大衆文化連合年次総会、「リトル・トリーの教育に見る偽りの自分の創出 チェロキーなのか、ただのなりたがりなのか?(Creating a Fraudulent Identity in The Education of Little Tree: Cherokee or Wannabe?)」と題されたものとのこと。

内容は、チェロキーの文化とリトル・トリーのなかに描かれたそれとの相違点、疑問点について。


●「神に背いた少年」は「一杯のかけそば」 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
2006-02-21付。映画評論家、コラムニストとして著名な町山智浩氏のブログ。このエントリーの終盤でリトル・トリーにさらっと数行だけ触れてある。簡単に「あんなのインチキで出まかせ、本物のインディアンは怒っている」という指摘だけなので、ソースなどの記載はない。
また、町山氏は2006年3月14日、ストリームというラジオ内「コラムの花道」にて、これらの話をしたとのこと。日本ではこれで知った人も多かったようだ。

少し余談になるが、ウェブ上では「町山智浩が言ってたから」というのを情報ソースとして信用の担保にしている人も多かった。ネットでの町山智浩氏がいかに信頼されているかが察せられる。

しかし、ただ一人の人物を信頼源とするということは、フォレスト・カーターの物語を事実だと信じて読むのと本質的には変わりないことではないだろうか。
「アメリカのドキュメンタリー番組ではクリント・イーストウッドが家族の尻にしかれるただのお爺ちゃんになってる」なんて話題ならその場で笑ってお終いだが、人種差別のようなデリケートな問題に関しては、もう少し慎重な姿勢があってもよさそうに思う。


■アメリカAmazonでのリトル・トリーの評価

では、アメリカでのリトル・トリーの評価はどのようになっているのか。
アメリカに絞って調べたいと思い、そのつもりで調べたが、方言や他英語圏の人物を見分けることは筆者には難しいので、そうした意見が混じっている可能性もある。

まずはAmazon.comのレビューを読んでみることにした。

●Amazon.com: The Education of Little Tree (9780826328090): Forrest Carter, Rennard Strickland: Books
全体的に非常に評価が高く、75%が五つ星となっている。
すべて意訳していくとキリがないので、要約をいくつか並べる。

  • 素直に作品の価値を称えるもの。
  • KKKのメンバーと知りながらも作品には古典的な価値があり無意識の謝罪を込めたメッセージだと好意的に解釈するもの。
  • すべてのアメリカ人が読むべき本でチェロキーの暮らしと愛に満ちたこの物語を永遠に愛する、という絶賛。

次に数少ない星一つのレビューを読んでみる。

  • 文法や構成に難があってつまらないというもの。
  • つまんないつまんないつまんない!イントロだけはよかった、というもの。
  • 退屈な本だ、なぜ評価されているのかわからないというもの。
  • この本については論争があり印刷された内容がすべて正しいと信じるな、合理的な視点を持てと警告するもの。

次に、レビュー内を「Asa Carter」で検索してみる。これは白人至上主義者としてのカーターの名前なので、これに触れているレビュアーは、カーターのそうした側面を知った上での評価と考えられる。

  • カーターの差別的な側面を知りながらも作品が素晴らしいことには変わりなく、この作品を通じて暗に謝罪しているのだ、と好意的に解釈するもの。
  • 凶暴な分離主義者とを知りながら、作品は南部の白人の暗喩しているのだ、と深読みするもの。
  • たとえアサ・カーターが人種差別主義者で黒人を嫌っていたとしても、家族と愛について書かれた心温まる本であることに違いはない、というもの。
  • クラスの課題のために買った、フォレストというペンネームに隠れたアサ・カーターという著者の背景に興味をそそられる、というもの。


アメリカの読者は、『リトル・トリー』とカーターに対して寛容な態度を取っているようだ。


■アメリカの新聞・ニュースサイトでの扱われ方

The New York Timesは過去の記事をインターネットアーカイブとして公開している。上でも触れたので繰り返しになる部分もあるが、もう少し踏み込んで調べてみたい。
これらは現在でも以下リンク先で確認できる。

●Is Forrest Carter Really Asa Carter? Only Josey Wales May Know for Sure - The New York Times
1976年8月26日付「フォレスト・カーターは本当にアサ・カーターなのか?ジョージ・ウェールズだけはそれを知っているかもしれない」という記事。

※ジョージ・ウェールズ:フォレスト・カーター著1975年の小説『The Rebel Outlaw: Josey Wales』の主人公のこと。クリント・イーストウッド監督・主演により『The Outlaw Josey Wales 1976年』(邦題:アウトロー)のタイトルで映画化された。

注目するべき点はいくつかある。以下に引いてみる。
  • カーターが「自分はアサ・カーターではない」と否定していること
  • その件についてのインタビューを断っていること
  • アサ・カーターの弁護士は「フォレストとはアサの筆名である」と証言していること
  • フォレスト・カーターとアサ・カーターは同じ住所だったこと
  • 両者は同じ年齢であること

上記のニューヨーク・タイムズの記事を参考資料として書かれたのが英語版Wikipedia。

●Asa Earl Carter - Wikipedia
日本版Wikipediaはまだ言葉を選んでいるが、英語版では「Ku Klux Klan leader(KKKのリーダー)」だとはっきり指摘している。

●アサ・アール・カーター - Wikipedia
日本版Wikipediaは英語版を翻訳したもののようだ。固有名詞が省かれている部分もある。

●The Transformation of a Klansman - NYTimes.com
1991年10月4日付、Dan T. Carter氏の記名記事。
Klansmanはクランの一員であることを指す。つまりここではKKKこと「Ku Klux Klan」のメンバーであったことを意味しており、タイトルを意訳すれば「クランメンバーの変容」となるだろうか。
記事の内容は大筋で英語版Wikipediaに書かれたものと同じ事実を指摘したもの。いや、これを元にWikipediaが書かれたものと考えるほうが正しいだろう。


●The Education Of Little Tree - Video - NYTimes.com
検索してて見つけたリトル・トリーの実写映画のダイジェスト版。

●The Reconstruction of Asa Carter
「アサ・カーターの復興」と題したドキュメンタリー映画も作られたとのこと。


●'LITTLE TREE' BESTSELLER A 'HOAX' - The Washington Post
1991年10月5日付。
●Disputed Book Pulled From Oprah Web Site
2007年11月6日付。これらワシントン・ポストの記事もWikipediaの内容を裏付けるものになっている。


●The education of Little Fraud - Salon.com
2001年12月20日付のコラム。タイトルは『リトル・トリー』の原題「“小さな木”の受け継いだ教養」をもじって「小さな詐欺の教養」とした皮肉。Allen Barra氏によるこの記事はなかなか辛辣で読み応えがある。

内容は上で挙げた指摘のほか、ファンや著名人は「不都合な事実」を認めないと批判したもの。

ここでは他では見られない指摘もある。印象的な部分を抜き出しておく。
  • カーターの兄弟ダグ(Doug)「家族にチェロキーはいなかった」
  • カーターの幼馴染みのバディ・バーネット(Buddy Barnett)「カーターは“ジョージ・ウェールズ”の初版でフォレスト(アサ)・カーターと筆跡を残した」
  • バーネット「アサの母はチェロキーで、アサはそのことを誇りに思っていた」
  • 1975年にカーターは書籍と映画の宣伝のため、バーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)のテレビ番組に出た。その直後、市外局番205から(カーターの出身地アラバマを意味する)NBCへ、カーターの正体を知らせる電話が鳴った。

他に“The Southerner”の内容について短く触れた部分もある。


■アメリカの公益的なサイトでの扱われ方

以下ではアメリカのサイトでカーターとその著作がどのように扱われているかを見る。
図書館や文学資料サイトなどの公益性と信頼性が高いと思われるところを調べた。


●Carter, Asa Earl (Ace). Publications, 1956 and undated (AR1265) - AR1265.pdf
http://www.bplonline.org/
Birmingham public libraryというサイトにアップロードされていたファイル。上記魚拓先の論文で指摘された「バーミンガム公共図書館のアーカイブにあるマイクロフィルム」とはここのことだろうか。
内容は、アサ・アール・カーターの生涯について短くまとめられ、所蔵されている関連ファイルなどが記されている。「Bedford Forrest Carter(ベッドフォード・フォレスト・カーター)」というペンネームを使っていたことが指摘されている。

●Home - Library of Birmingham
こちらもイギリス、バーミンガムにある図書館のようだ。
こちらのウェブサイトにはアサ・カーターの関連項目は見当たらなかった。


●The New York Public Library
ニューヨーク公共図書館でも検索してみたが、こちらにもサイト自体にはアサ・カーター関連の項目はなかった。
カタログ検索では「The education of Little Tree(『リトル・トリー』の原題)」の書籍と2002年映画版DVD、1987年の映画版(Motion picture)などが見つかった。

●NYPL Catalog
「The education of Little Tree」の検索結果ページ。


●Author Information | Alabama Literary Map
こちらはアサ・カーターの故郷であるアラバマ州の文学作品について集められたサイト。リンク先のAboutを見る限り、大学の研究者や専門家が協力しており、公益性の高いサイトのようだ。
こちらに「Forrest Carter」という項目がある。

上記ページにて、カーターの生涯についての概要と、著作、参考文献について触れてある。
内容は大筋でWikipediaの内容を裏付けるもの。また、こちらでも「Bedford Forrest Carter(ベッドフォード・フォレスト・カーター)」というペンネームを使っていたことが指摘されている。


●If This Is Tuesday, It Must Be Montgomery, Laura Browder
こちらは上記ページの参考文献リンクから飛ぶサイト。
Laura Browder教授は「 Slippery Characters 」という書籍を書いており、その中でアサ・カーターの人生調べて彼を主題の一部として扱った、とある。

●Slippery Characters: Ethnic Impersonators and American Identities (Cultural Studies of the United States): Laura Browder: 9780807848593: Amazon.com: Books


■テキサスでのカーターと黒人奴隷

アメリカのサイトをいろいろ検索していると、以下のページが見つかった。テキサス大学の総合図書館と歴史協会によって作成されたサイトだ。
テキサスはカーターとも縁が深い土地だ。彼が政治活動から身を引いたあとに「フォレスト・カーター」として執筆に精を出し、のちに生涯を閉じた土地でもある。彼の代表作のタイトルは「Gone to Texas」という。

読んでいくうちに、テキサス及びアメリカ南部に残る白人至上主義と、黒人を始めとする有色人種への実情を感じることになった。この中にはネイティブ・アメリカンや、メキシコ領から分離した過去からヒスパニック系のテハーノ(Tejano)なども含まれる。


●CARTER, ASA EARL | The Handbook of Texas Online| Texas State Historical Association (TSHA)
「The Texas State Historical Association and TSHA Online」は、アメリカ、テキサス州中央部のオースティンにあるテキサス大学の総合図書館と、歴史協会のサイト。1897年に組織された「テキサス州歴史協会」が基になって作られており、テキサス大学オースティン校とも提携しているとのこと。
こちらでは「CARTER, ASA EARL」の項目が見つかった。

しかし他サイトに比べて大きく違う部分がある。それは、KKKに関することや白人至上主義者としての記述がすっぽり抜け落ちていることだ。
アメリカの南部にあるテキサス州は白人優位な土地柄で、KKKの勢力が強い地域とされている。奴隷解放を謳った南北戦争の際に、最後まで黒人奴隷が残っていたのもこの土地だ。

なるほど、なんだか見えてきた。
黒人を迫害した歴史を持つ土地ではそうしたことをおおっぴらにできず、自然とカーターの背景についても知られる機会が少なくなる、ということだろうか。なんたって「歴史協会」のサイトからしてそういう内容になっているのだもの。推して知るべしだろう。


●Handbook of African American Texas | Texas State Historical Association (TSHA)
同サイトの「African American」についてのページ。黒人がどういう扱いを受けてきたか。
少し長くなるが引用する。

Historians have not always acknowledged the role that African Americans have played in the Lone Star State. Although numerous studies of Texas’s past appeared in the twentieth century, until 1970 there remained too many empty pages in the history of the state concerning the black population. This situation has changed since the 1970s, but the need to capture more of the African American experience still exists. For this reason, we are happy to launch the Handbook of African American Texas.


「歴史家は、アフリカ系アメリカ人がローン・スター・ステイト(※)で果たしてきた役割を必ずしも認めてきたとは言えませんでした。テキサスの過去の歴史研究の多くは20世紀になって表されましたが、1970年以前の彼らの歴史にはあまりに多くの空白のページがありました。
このような状況は1970年代から変わってきましたが、アフリカ系アメリカ人の体験したことをもっと多く集めなければなりません。
こうした理由がありますから、“テキサスのアフリカ系アメリカ人のためのハンドブック(※訳者注:このページのこと)”を立ち上げることができて、我々としても喜ばしいことです。」

※訳者注:「ローンスター」は一つ星のことでテキサスの州旗や州章に用いられる象徴的なもの。ひいてはテキサスを指す。

1970年代以前の黒人の歴史はほとんど空白というのが「テキサス州歴史協会」の見解のようだ。
とりあえず魚拓キープしておく。
●Handbook of African American Texas | Texas State Historical Association (TSHA)


改めてアメリカの歴史を調べてみると、1970年代は黒人の歴史のなかで重要な転換期の直後にあたるようだ。
その少し前の1950年代からキング牧師らによって黒人の社会的な権利と自由を求める公民権運動が推し進められ、1964年に公民権法として成立し、ようやく法的には黒人が差別されることはなくなった。
しかしながら、公民権法が成立しても民衆の意識は簡単には変わらなかった。1968年にはキング牧師が暗殺され、抑圧され続けた黒人達は「ブラック・パワー」のスローガンのもとに過激な手段を取るようになる。

これらがやっと落ち着いてくるのが1970年頃の話らしい。KKKの活動は、こうした活動の影響を受けて1970年代から衰退していったとされている。

また、ケネディ大統領暗殺事件により1963年に大統領に就任したジョンソン大統領はテキサス出身であり、白人至上主義色の強い地域だったにも関わらず公民権運動に理解を示し、公民権法の実現に大きな役割を果たした人物だった。ベトナム戦争泥沼化の失敗があったとはいえ、この成果は評価しない訳にはいかない。
こうした動きはテキサスとも縁があるように思えるのだが、「空白」とされているらしい。


■テキサスとKKK

このサイト全体でKKKに関する記述は、意図したかのように少ない。その数少ない項目を見てみる。


●KU KLUX KLAN | The Handbook of Texas Online| Texas State Historical Association (TSHA)
●KU KLUX KLAN | The Handbook of Texas Online| Texas State Historical Association (TSHA)
「KU KLUX KLAN」のページ。下は魚拓。
非常に穏やかな記述。まるでKKKが何の害もない組織かのようだ。「KKK」という略称は表記されておらず、それで検索しても引っかからなかった。

Despite its outward appearance of unity, the Klan in Texas was in many ways poorly organized. Roger Q. Mills, a former secessionist and later a congressman, coordinated activities in the state, but often the local groups acted autonomously with little or no central direction. Members of every social stratum belonged to the Klan, though the more respectable elite usually shied away from acts of violence. Local groups of the Klan or bands posing as Klansmen sometimes used terrorist acts such as stealing horses or burning crops merely to gain economic advantage, but most of their victims were Republicans. Generally, Klan violence closely followed politics.


「外見を統一したにも関わらず、テキサス州のクランの支部は十分に組織されたとはいえませんでした。ロジャー・Q・ミルズ(米国南北戦争時代の人種隔離論者でありのちに議員)は活動を調整していましたが、クランの分派は各々が独立して動いており、うまく統率することはできませんでした。
あらゆる層の人々がクランに所属していましたが、より立派なエリートメンバーは暴力行為に加わることはありませんでした。
時々統制の取れていないクランの分派やクランの支部を装ったニセモノが現れ、経済的な利益のために馬を盗んだり作物を燃やすテロ行為に及ぶことがありました。しかし犠牲者のほとんどは共和党員でした。
一般的に、クランの分派の暴力があるときは、政治と密接に関わっていました」

ロジャー・Q・ミルズさんは統率しようと懸命にがんばっていたのか。それなら仕方ない。
当時はあらゆる層の人がクランメンバーだったんだものな。仕方ない。エリートは暴力に関わらなかったんだ。偉いなあ。
統率の取れてない分派はわがままだったんだなあ。ニセモノが出るなんてひどい!でも被害にあったのが共和党員なら、なんでもないね。
クランの分派は政治的に利用されたのかなあ?真面目なクランメンバーに変な評判が付くと困るなあ。って感じか?

他の箇所も「ニセモノの分派が暴力的行為に及んだ」等の記述が続く。

テキサス大学総合図書館とテキサス州歴史協会の問題意識は本当に素晴らしい。
あえて重要な部分を濁して記述し、世の中に隠された問題点を自らの力で見つけ出させることで、学生の想像力と自立を促しているのだろう。これぞまさしく教育だ。

「外国人」である筆者にはよくわからないが、あからさまな記述をすると善良かつ繊細な住民達がショックで傷つくかもしれない、という奥深い配慮がなされているのかもしれない。
これらは南部テキサスの歴史と文化を語る上で目を背けることはできない部分だと思うのだけど、それでもこの内容だ。もう十分だろう。


●Board Biographies | Texas State Historical Association (TSHA)
サイトのAboutから組織の成り立ちや取締役会のメンバーを見てみても、立派な人達によって運営されているように見える。決してインチキな個人サイトなどではないし、人種差別を旨とするアングラなサイトでもない。しかし、そんなサイトでも黒人の歴史はこうした扱いをされているのが現実ということらしい。

メンバー構成は、取締役会の役員5名中4名は白人。内一名はメキシコ系アメリカ人だと思われる。ボードメンバー21名中アフリカ系アメリカ人は一名。他の有色人種のメンバーは、メキシコ系とおぼしき女性が一名、スペインとメキシコのルーツを持つという女性が一名、初期スペイン人入植者の子孫という男性が一名いる。
他のメンバーは、写真を見る限りではアングロ・サクソンのように見える。混血の人もいるのかもしれないが、日本生まれ日本育ちの筆者には判別がつかない。


【 個人メモ 】
  • ヒスパニック(Hispanic):メキシコ、キューバ、プエルトリコなどスペイン語圏のラテンアメリカを出自に持つ人のこと。狭義でメキシコ出身者を指すことがある。
  • ラティーノ(Latino:ラテン系アメリカ人):スペイン語圏に限らずブラジルなどのラテンアメリカも含む。ハイチ(フランス語圏)やブラジルはラティーノだが、ヒスパニックとは呼ばない。ラティーノは男女両方の意味があるが、ラティーナ(Latina)は女性のこと。
  • チカーノ(Chicano / Xicano):メキシコ系アメリカ人のアイデンティティー。チカーナ(Chicana / Xicana)は女性のこと。政治的活動家を指す意味もあるので、使い方には注意が必要。
  • テハーノ(Tejano):テキサス州住民のメキシコ系アメリカ人。なかでもテキサスがアングロ・アメリカンに支配される前から住み続けている人達のこと。
  • 「人種」を指す意味ではない。アイデンティティーとして「自分や先祖がスペイン語圏ラテンアメリカ出身である」という意識。自分のルーツとしてヒスパニックだと思うか、ラティーノだと思うかということらしい。
  • 上記に該当する人々の約半数はこうした呼ばれ方を好んでいない。そうした人達は直接的な出自国で呼ばれたいと願っている。

●Hispanic - Wikipedia
●Latino - Wikipedia
●Chicano - Wikipedia
●Tejano - Wikipedia


サイト内に他にもKKKに関することがないか調べた。

●Slavery, Segregation, and Civil Rights | Texas State Historical Association (TSHA)
●Texas History Day, April 30, 2016 | Texas State Historical Association (TSHA)

Entry # 2118 Culture Clash: Vietnamese Fishermen's Association vs. Knights of the Ku Klux Klan


「ベトナムの漁師協会 vs クー・クラックス・クランの騎士達」
おそらく学生による論文とかスピーチコンテストみたいなものの表彰結果だと思われる。内容の詳細は不明。

タイトルが気になったので調べてみると、以下の裁判記録が見つかった。

●Vietnamese Fishermen's Association v. Knights of the Ku Klux Klan | Southern Poverty Law Center
●VIETNAMESE, ETC. v. Knights of the KKK, 518 F. Supp. 1017 (S.D. Tex. 1981) :: Justia
どちらも1981年。上はテキサス、下はアラバマ。
ベトナム戦争の頃にベトナム系アメリカ人に対してKKKからの粗暴な嫌がらせが行われていたようだ。


●2016 Texas History Day Junior Preliminary Round Competition Schedule for Junior (grades 6-8) Individual Paper - 4.3 - pdf

Entry # 1611 The First Successful Prosecution of the KKK


「KKKへの成功した最初の起訴」
こちらのPDFを読んでこれらが何なのかわかった。テキサスの歴史記念日に行われたジュニア選挙の予備戦個別論文だ。
内容は同じく不明。

これらの論文はどちらも学生によるもの。彼らが今後暮らしていく上で安寧な生活を送れることを願う。


●テキサス - chakuwiki
テキサスの暗い歴史ばかり調べていると、行ったこともないのに嫌いになってしまいそうだ。楽しげな話も読んで中和させておく。


こうした「歴史ある土地」にカーターは望んで移住した。そうして「フォレスト・カーター」が生まれた。


■Juneteenth - 最後の奴隷が解放された日

●JUNETEENTH | The Handbook of Texas Online| Texas State Historical Association (TSHA)
「黒人のためのハンドブック」は「Juneteenth」にも触れてあった。
不勉強で知らなかったが、テキサスにてアメリカの最後の黒人奴隷が解放された1865年6月19日を記念した祭日だそうだ。

●6月はJuneteenth。え、何それ? |
●Happy Juneteenth Day! : hip hop generation   ヒップホップ・カルチャーがつなぐ人種、年代、思考 、政治
●Juneteenth | CRIB - 楽天ブログ
●Juneteenth - Wikipedia

これらによれば、黒人解放を祝うものとしてはもっとも古く、アメリカ人、黒人の中にも知らない人もいるとのことだ。


概要としてはこういうことらしい。

南北戦争中のアメリカでは、1863年1月1日リンカーン大統領の奴隷解放宣言がなされたが、内戦中であることから北軍(アメリカ合衆国軍)の支配地域でのみ有効であったこと、味方である連邦側にも奴隷制を認めている州があることなどからすぐさますべての奴隷が解放されたわけではなかった。
テキサス州は地理的に隔離されていたため戦場ともならず、奴隷制が維持されていた。当時のアメリカ南部はテキサスを含めて「アメリカ連合国」として独立しており、北部の「アメリカ合衆国」の発布した奴隷解放宣言は届かなかったのだ。
こうした事情から、奴隷を多く働かせていた農園主達はテキサスへと移住し、彼らへの需要から奴隷商も集まり、テキサスの奴隷はかえって増えることになった。

南北戦争は1865年4月の南軍(アメリカ連合国軍)の降伏を持って終了したが、その知らせはすぐには広まらなかった。この時点でもテキサスには25万人以上の奴隷がいたとされる。
1865年6月19日、テキサス州ガルベストンにて、ゴードン・グランジャー合衆国将軍(Union General Gordon Granger)が「総司令命令3号(General Order No. 3)」を発令した。このことにより、アメリカの最後の奴隷が解放された。

これはアメリカ全土の黒人奴隷が残らず解放されたということであり、この記念すべき6月19日(June, nineteenth)を縮めて「Juneteenth」となったとのことだ。


偶然なのだけど、このエントリーを調べ始めたのは6月中旬。来たる6月19日はささやかに偲びたい。


■チェロキー族と黒人奴隷

『リトル・トリー』のチェロキー・インディアンは、マイノリティーな立場のネイティブ・アメリカンであり、偏見と迫害の目にさらされるものとして描かれている。
しかしその実態は、チェロキー族自身も黒人や捕虜を奴隷として使役していたという歴史的事実があった。


●チェロキー - Wikipedia
日本語版Wikipediaの「チェロキー」にはなぜか「奴隷」の文字は見当たらない。

●文明化五部族 - Wikipedia

これらの部族は、プランテーション制度や奴隷の所有を含む白人入植者の習慣の多くを採用し、白人とよい関係を保ったという理由で、白人社会によって「文明化されている」と考えられた。


●アメリカ合衆国の奴隷制度の歴史 - Wikipedia

1800年以降、チェロキー族などの種族は黒人奴隷を購入して使役し始め、これが1830年代にインディアン準州に移動させられるまで続いた[43]。


こちらにははっきり書いてある。


「Wikipediaを情報ソースとするなんて…」という声が聞こえてきそうだ。アメリカのニュースを調べてみよう。

●Cherokee freedmen - Google News
「Cherokee freedmen」でニュース検索した結果。「freedmen」とは「解放された奴隷達」の意味だが、ここではチェロキー・インディアンから自由になった黒人奴隷のこと。
この「不都合な事実」は英語で調べれば見ることができる。

英語のサイトもたくさん見つかるが、概要を知るのにはやはりWikipediaが便利なので引いておく。

●Cherokee - Wikipedia
英語版Wikipediaの「Cherokee」には「freedmen」の項目がある。他にも「Slaves(奴隷達)」「slaveholders(奴隷所有者)」の事実が書いてある。

●Freedman - Wikipedia
こちらの「解放奴隷」の項目にも「Cherokee Freedmen」がある。


インディアン大好きな人達には信じられないのかもしれないが、まさしくその「存在を認めてもらえない」ことこそがチェロキー・フリードメンの苦しみとなっている。
「チェロキー・インディアンが黒人奴隷を使役した事実」について書いた日本語の情報は本当に少ない。スピリチュアルなロマンが眼を曇らせているのか?あくまで虐げられる民でなければ都合が悪いのか?

2017年6月18日現在、日本語で「チェロキー・フリードメン」と検索して出て来るサイトは見つからない。


2017/06/19 追記
本日以下の研究論文を発見した。

●岩崎佳孝 - 研究者 - researchmap
日本学術振興会に所属の岩崎佳孝博士。研究分野は「史学 / ヨーロッパ史・アメリカ史 / アメリカ史。カナダ史」。
ネイティブ・アメリカンへの研究の他、「チェロキー・フリードメン(アメリカ先住民チェロキー族に所有された黒人奴隷)」について触れた論文がある。

日本語で「チェロキー・フリードメン」に触れたものはとても数が少なく、非常に貴重な研究だ。
いくつかの研究論文はネット上で公開されている。


岩崎佳孝博士の著作物としては上記書籍のほか、リンク先で確認できる限り5冊ほど共著として関わったものがあるようだ。

アメリカは元より、日本においてはほぼまったく存在を認められていない「チェロキー・フリードメン」。
彼らへの理解が深まることを願う。

追記終



●1842 Slave Revolt in the Cherokee Nation - Wikipedia

チェロキーが黒人奴隷を使役する始まりは白人達の真似だったともいわれるようだ。白人と対立しながらも彼らの文明様式を進んで取り入れたチェロキーが、「極めて効率のいい労働力」を取り入れないはずはなかった。
白人から学ぶ以前にも、他部族との戦争捕虜などが奴隷として扱われた。なかでもチェロキーはもっとも多く奴隷を所持する部族であった。

チェロキーの奴隷は白人農園主のそれと同じように、プランテーション産業の労働力として使われた。綿花をはじめ、様々な作物が作られていた。
チェロキーの黒人の扱いは厳しく、黒人はチェロキーとの結婚を禁じられ、武器、財産、教育、投票権を持つことも禁じられていた。

あまり裕福でなく自ら奴隷を持てないチェロキーは、「奴隷捕獲隊」を組織して商売とした。逃げ出した奴隷は捕獲隊によって捕まった。奴隷を助けた黒人は鞭打ち100回の刑に処された。
「余分に捕まった」奴隷は商品となり、白人との交易にも使われた。あまりにも遠くまで逃げた奴隷に「余計な経費がかからないように」彼らは狩猟用の弾薬と消耗品を持っていた。

南北戦争終了後の1865年6月19日、Juneteenthにてアメリカ全土の奴隷が解放された後も、チェロキーの奴隷の立場は不安定なままだった。
私見だが、あくまでチェロキー・ネーション(/ チェロキー・ネイション:Cherokee Nation)内の出来事として、合衆国とは無関係な扱いを受けたのではないだろうか。

●Five Things to Know About the Descendants of Cherokee’s Black Slaves - Vocativ
南北戦争以後、チェロキーから解放された奴隷は「フリードメン(Freedmen:解放された者達)」と呼ばれた。ネイティブ・アメリカンはチェロキー・ネーションへ移されたが、その際にチェロキー・フリードメンも共に移住させられていた。
立場の低いネイティブ・アメリカンの、さらにその下に置かれたチェロキー・フリードメンは、権利や文化、歴史などの彼らのアイデンティティーに関わるものが認められているとはいえなかった。


●Still Waiting: Cherokee Freedman Say They’re Not Going Anywhere - Indian Country Media Network
●In Limbo: Descendants of Cherokee Freedmen Seek Recognition | KOSU

現在チェロキー・フリードメンは、チェロキーに対して「チェロキー・フリードメンもチェロキーの一員である」と認めさせるための裁判を起こしているが、見通しは暗い。
チェロキーにとって自分達の奴隷であったフリードメンとチェロキーを同一であると認めることは、民族的な不快感をもたらすからだ。

フリードメンがそれを求めることの利点は、自分達の文化や歴史が認められること、ネイティブ・アメリカンへの政府からの援助が自分達にも及ぶことなどが期待されているようだ。


この問題は非常に難解で、絡み合っていて、根深い。
エントリーの趣旨と外れるのでここまでとする。


■リトル・トリーとチェロキーと奴隷

『リトル・トリー』への肯定的な評価では、作品の中に弱者への理解と暖かみをもったまなざしが込められているとされる。
そしてそれは、主人公達チェロキー・インディアン自身が迫害や偏見の目で見られる「弱者側」であることが、物語としての正当性を担保しているといえる。

しかし、上で挙げたような歴史的な事実として、チェロキー自身も奴隷を買い、使役して、迫害と偏見を与える側でもあった。
これでは仮にカーターがチェロキーの血を引いていることが事実だとしても、「お前が言うな」というダブルスタンダードの謗りを受けることは免れないのではないか。

つまり、カーターが白人至上主義者であろうとチェロキーであろうと、どちらにしても『リトル・トリー』は都合のいい部分だけを切り貼りした側面は大きい、ということになる。


アメリカで奴隷制度の時代が確かにあった。だからといって、すべてのアメリカ人を非人道だと断じる訳にはいかない。
それと同じように、チェロキーが奴隷を使役した事実があるからといって、すべてのチェロキーに弱者側へ立つ資格がない、ということにもならない。

そうした事実を身近に感じたからこそ弱者へのまなざしが育まれたと見るべきだろうか。
ならば『リトル・トリー』も認めるべきなのだろうか。

1925年生まれのカーターは、こうした事実を知らなかったのかもしれない。
カーターによれば、彼の祖父はチェロキーの血を引いていたという。彼の祖父が、こうした後ろ暗い事実を幼い彼に隠したということも、考えられないことではないだろう。

それならそれで、カーター自身の不勉強と歴史考証の甘さが際立つだけだ。
少なくともカーターは、自分の都合の悪い部分には目を背けがちな人物であったことには違いないようである。


■作家と作品は同一視されるべきか?

作家やアーティストの談話で「完成した作品はファンのもの、自分の手から離れた」というようなことを聞くことがある。あるいは「子供のようなもの」という人もいる。これらは作家個人の責任と作品の持つ責任をある程度別のものとして捉える、という意味では共通している。ある意味でこれは正しい。
作品が制作される過程には、当時の気分や感情や体調や人間関係や環境や天気や情勢や世間の空気も影響しているのであり、それらは再現性を持たない。

子供の頃に意味なく虫を潰したり花を引きちぎって遊んでいたとして、それを30年後に持ち出されて「お前はひどい残酷な人間だ」などと糾弾されても困る。
子供の自分も今の自分も同じ人間であることは確かなのだが、振り返って考えるとき、「子供の自分」という別の人物として考えているような気がする。

では、「過去の自分」と「今の自分」を隔てる境目はどこにあるのだろうか。20年前か。10年前か。5年前か。去年の自分は今の自分と連続性を持ったものだろうか。
生きている限り成長もするし、考えも変化する。諭されて誤った過去を反省することもあるだろう。十分に償えば許される罪もあるかもしれない。

ここまで考えると、「過去の作品は過去の自分が作ったものであるから、今の自分には責任の取りようがない」という気持ちは、まったく理解できないことでもない。
こうも言えるかもしれない。「一度世に出した作品がどう扱われるかは自分にコントロールできることではない」。

売れるか売れないかはもちろんのこと、好意的または批判的に扱われるかは出してみないとわからない。それまで世の中になかったものを出すのだから、想定外の扱われ方をされる場合もある。

刃物を考えた者は、それが殺傷に使われることを想定していたか?
自動車は自由と発展をもたらしたが、毎年数十万の事故の犠牲者を生み出すことまで考えられていたか?

ダイナマイトの発明者は、のちに世界的な賞を創設して自身のイメージを「死の商人」から「ノーベル賞」へとシフトさせた。
『リトル・トリー』は、カーターにとっての「ノーベル賞」だったのだろうか?


■表現の自由とプロパガンダ

ここでは表現の自由とプロパガンダについて考えてみたい。
なぜなら筆名フォレスト・カーターことアサ・カーターは、ジョージ・ウォレスのスピーチライターとして政治的プロパガンダに関わった人物だからである。


作品が社会に影響を与えるものならば、社会的な責任で考えるべきだろうか。
しかしここには大きな疑問が残る。作品とは極めて個人的な表現であり、それには独自性と独善性が必要になってくるからだ。

映画など複数の人間が関わる作品もあるが、それらは主に監督や脚本家、原作者の作品として扱われる。参加していたからといって「カメラマン助手のあの人と、チョイ役のあの人の考えが含まれている」などとは考えない。

思ったことを思ったように思うがままに表現するためには、独りよがりでわがまま部分を出さないといけない。
そんな勝手なことが許されるのだろうか?許される。表現の自由があるからだ。

表現の自由は、民主主義国家全般で保証された権利となっている。民主主義は「いろんな人がいろんな意見を出しましょう」ということなので、その意見を「表現」として出すことが許されている。

筆者の理解として、「表現の自由」の基本的な考え方は以下の3つになる。
  1. 人の精神は自由で、誰からもその自由を奪われることがあってはならない。人は他人の考えに触れることで成長する。考えたことは外に出さなければ伝わらないから、これを許す。
  2. 個人の考えは自分勝手で間違っていることもある。しかし他人の考えに触れて改善され、よりよい結論が導き出されることもある。そのためにはまず自分の考えを表現しなくてはいけないし、それに触れた他人が表現を返さなくては成り立たない。
  3. 民主主義は国民が自由に意見を出し合うことで成り立っている。その結果代表者(表現を代わりに出す者)として政治家が選出され、国が運営される。この代表者の考えが変化したり国民の意志とそぐわなくなることもありうるから、これを自由に批判する表現も許されなくてはならない。

ここに性的表現やヘイトスピーチや侮辱表現や報道や治安維持とプライバシーなどが絡むと非常に難しいことになってくるのだけど、エントリーの趣旨とは離れるので今回は置いておく。

この表現の自由を逆手に取って政治的に利用するものに「プロパガンダ」がある。
「自由に何でも表現していいのなら政治的なことを表現してもいいよね」ということで、自分たちの利益につなげるという目的意識を持って宣伝活動をするものだ。

プロパガンダはしばしば怖いもの、恐ろしいもの、注意しなくてはならないものとして語られる。精神の自由さを保証するためのものを、特定の考え方に偏らせる目的で使っているからだ。
表現の自由の根底には「自分自身が何をどう感じるかの自由」があるのだけど、プロパガンダはこれを特定の方向に誘導しようとする。

学校の道徳の授業で放送されるミニ映画はくそつまらないものだけど、同じ理由だ。
観る側に考える自由が保証されておらず、特定の方向に人の心を誘導するという意味では同じだからだ。

映画を見て、様々な感情がもたらされるなかで、わたし達の心に自然にわきあがるものがあれば、これは自分自身の精神だといえる。失敗する場面で「人の不幸は蜜の味」と笑ってもいいし、みんなが笑う場面で過去の辛いことを連想して悲しくなってもいい。好きに感じる自由がわたし達にはある。
しかし、「感動」という結末が用意され、すべての要因がそこに行き着くように計算され、誘導され、感動というメッセージ以外を感じにくく作られていたとしたら、これは自分自身の自由な精神とはいえない。

楽しげなカートゥーン映画なら害はない。時代考証を無視して見た目だけで選ばれたお姫様が王子様と楽しく暮らそうとも、捕食する側とされる側の動物が楽しく遊んでようとも、雪の王女様がありのままで生きようともご自由にだ。
だが「Der Fuehrer's Face」で検索すると…おっと誰か来たようだ。

閑話休題。
上記では「感情の誘導」は「精神の自由」を邪魔するものだと書いた。それなら、これらは一切否定されるべきものなのだろうか。

共感(シンパシー)を覚える、ということがある。相手の気持ちになって同じ感情を持つことだ。
作品の登場人物がお腹を空かしていれば、つらいだろうと考える。怪我をすれば痛いだろうと顔をしかめる。雪の中に放り出されればこちらまで寒くなったような気がする。
共感は、わたし達個人の実体験としての感情を元に生まれるといえる。

作品表現は、この共感を期待して作られる。
受け手側が一切共感を覚えなければ、心に残ることはない。それは忘れ去られるということであり、存在しないのと同じだ。表現物は他人に意思を伝えるものと考えるなら、存在を否定された作品は目的を果たし得ない失敗作となる。

「好きの反対は嫌いではなく無関心」というのはこういうことだ。
表現は意思の発露であり、広い意味での対話を目的としたものだと考えるなら、「嫌い」はまだ対話できる可能性がある。批判としての意見を受け取れる道が残されている。
しかし関心を持たれなければ、そもそもが成り立たなくなってしまう。


■プロパガンダの具体的な手法

ここでプロパガンダの具体的な手法について考えてみる。
わかりやすい解説がネットにあるので、ありがたく参考にさせていただく。

●戦時におけるプロパガンダの手法について
ポイントを引いてみる。詳細はリンク先参照のこと。
  • プロパガンダは楽しくなければならない
  • 娯楽となっていなければならない
  • 何度も繰り返してサブリミナルな効果を狙わなければならない
  • バカにも伝わるシンプルなメッセージにしなければならない
  • 感動(共感)をともなわなければならない

●マーケティング:プロパガンダと4つの種類、7手法、6つの説得、6つの広告原則: 着眼コラム [着眼点を探す日々]
こちらからもポイントを引かせてもらう。詳細はリンク先で。

4つの種類とは以下のものである。
  1. ホワイト:裏の取れる事実
  2. ブラック:虚偽や誇張が含まれる偽りの事実
  3. グレー:曖昧であったり情報源が特定できない事実
  4. カウンター:敵に対抗する、報復を目的としたプロパガンダ

次に7手法。
  1. ネーム・コーリング:攻撃対象にネガティブなイメージを広める
  2. カードスタッキング:自分に都合のいいことを強調し、悪いことは隠蔽する。虚偽にならない範囲で改変する
  3. バンドワゴン:それが世の中の当たり前だと思わせる。疎外感を演出して特定の選択肢へ誘導する
  4. 証言利用:権威のある他人に語らせることで信憑性を高める手法
  5. 平凡化:大衆と立場が同じだと思わせ、親近感や安心感を引き出す
  6. 転移:多数の人が認めやすい権威を味方にして考えを正当化する
  7. 華麗な言葉による普遍化:自由・平和・博愛などの普遍的な言葉で対象と結びつける
「6つの説得」は1対1の対話の手法なので飛ばして、「6つの広告原則」はひとつ前のポイントと重複するので省略。


●悪用厳禁!「プロパガンダ」: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
こちらでは、管理人氏が自ら体験した話を交えながら解説。体験談なのでリンク先推奨。


政治的なスピーチライターとして活動し、秘密結社を組織し、自らも立候補した経験を持つアサ・カーターは、当然こうしたプロパガンダの手法に通じていただろう。
それは「フォレスト・カーター」と名前を変えさえすれば、簡単に忘れられるようなものだっただろうか。

表現の本来の形は、受け取る側がどう受け取ろうと自由なもの。ある一定の方向に向けて誘導されていれば、それは「自由な表現」ではなく、目的を持った「宣伝活動」となり得る。

●リトル・トリー 課題図書 - Google 検索
「リトル・トリー」は、未だに課題図書として学校や市町村の図書館に置かれ、子供達の共感を呼んでいるようだ。著者の背景を知って複雑な思いを抱えた筆者にとっても忘れられない一冊となった。
作品の意義や著者の背景を抜きに考えても、表現物としては「成功した」といえる。

これをどう捉えるかは、もちろん読み手次第である。


■思考実験

思考実験として、以下のように考えてみる。


くちでは「いじめはんたーい!」と言いながら特定のクラスメイトを無視するような同級生がいるとすればどうだろうか。
「無視される方にも問題があるし、言ってることは正しいから」と仲良くできるだろうか。

保育士の仕事に就きながら、プライベートでは児童に性的虐待を加えている人物がいるとすれば、どう思うだろうか。
「彼の嗜好と、仕事としての成果には何の関係もありません」と言えるだろうか。

動物愛護の活動に参加しながら、過去には動物虐待を繰り返していた人物がいるとすればどうだろうか。
「そうした過去があったとしても、今は反省して愛護活動に精を出しているのだから構わない」と思えるだろうか。

男女平等の態度を取りつつ、女性への強姦を繰り返す男がいればどう思うだろうか。
「女性をレイプするなかで女性の弱さに気づき、平等な権利の必要性に気づいたのだ」と好意的に解釈するべきだろうか。

人種隔離政策に関わり、差別を旨とする秘密結社を組織し、それを推奨する雑誌を編集執筆した過去がありつつもそれらの経歴を隠し、のちにネイティブ・アメリカンの血を引くと言い張ってアメリカ先住民の暮らしについて書かれた本があるとすれば、どうだろうか。

白人至上主義から改心したと言われながら、農園主かつ黒人奴隷商人でありKKKの初期メンバーであり最後まで奴隷制度が残った南軍の英雄でもあるネイサン・ベッドフォード・フォレストをペンネームに使う作家がいるとすれば、どのように感じるだろうか。


■「事実は真実を否定する」

●A Million Little Pieces of Little Tree
リトル・トリーについての掲示板に示唆に富む言葉があったので引用しておく。

But then, no one ever complains when "fiction novels" have strong elements of truth in them.


「でも、“フィクション小説”の中に真実の要素が強く含まれるときは、誰も文句を言ったりしません」

Ah, but there's a significant difference between "truth" and "fact". Truth is principle. Fact is physical. Lying about the latter negates the former.


「ああ、でも“真実”と“事実”には大きな違いがあるのさ。真実は原則だ。事実は物質だ。後者は前者を否定する」


■余談:リトル・トリーの書籍紹介について

偏った思想を持つ人物の書いた書籍を紹介してよいものか、またそれにアソシエイトリンクを使っていいものか迷った。よくよく考えた結果、アソシエイトを使って紹介することにした。
以下はそれについて考えたこと。

●野良黒 このブログについて
上記エントリーにてアフィリエイトの使用は記載してあったのだが、それに追記を加えた。




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